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「宿も、自分も、従業員も成長させてもらえて。旅館をやって本当によかった」。創業から40年を振り返り、小松民枝さんはしみじみと言う。
丘の上から湯河原を望む「石葉」は、民枝さんが独身時代に始めた宿だ。「長らく介護してきた母が亡くなり、これから何で生きていこうかと考えました。料理は好きですし、幸い土地もある。それなら旅館でもやろうかと。29歳のときでした」。
東京オリンピック景気に沸く1964年。湯河原駅前には周辺旅館の番頭がずらりと並び、呼び込みに力を入れていたが、料理から経理までこなす民枝さんに余力はなく、顧客が来るのを信じて待つ日々が続いた。 「当時は3室で細々と」営んでいたが、ひと月滞留する顧客がいれば毎日毎日違う料理を作るなど、民枝さんは心を込めてもてなした。その評判が広まり、部屋は連日埋まり始める。以後、4時間睡眠が30年続いた。顧客の紹介で結婚し、1人息子の秀彦さんを生んだときも休みは1週間だ。
自分の宿とはいえ、何がそれほどまでに民枝さんを突き動かしていたのだろう。
「お馴染みさんが来てくださるということ。それだけです。自分に何があっても、お客さまには関係のないことです。昔、母が“努力さえすれば、時間をかければ必ず目的に辿り着ける"と聞かせてくれた一言も支えになりました」
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